本文へジャンプ升田幸三実力制第4代名人杯将棋大会
大会概要

年1回開催
プロ棋士の指導対局
各級に分かれて対局
総額15万円分商品券

2016年8月28日(日)
十日市きんさいセンター
2ヶ月前から申し込み受付
詳細は決まり次第UP


升田幸三実力制第4代名人とは
升田幸三(ますだ こうぞう1918 - 1991)は、将棋棋士。実力制第4代名人。広島県双三郡三良坂町(現三次市)生まれ。木見金治郎九段門下。将棋タイトル三冠独占などの輝かしい戦績はもちろんのこと、その独創的な指し手、キャラクター、数々の逸話は、将棋界の歴史を語る上で欠かすことができない人物である。

1932年(昭和7年)2月に「日本一の将棋指し」を目指して家出。家出の時に母の物差しの裏にしたためた「この幸三、名人に香車を引いて・・・」の文言は、後に現実のものとなった。
 また、占領下GHQから将棋を守ったとも言われる逸話や木村義雄名人とのゴミハエ問答、大山康晴とのライバル関係、新宿の殺し屋と呼ばれた真剣師・小池重明を晩年に角落ちで破ったことなどがよく知られている。

それまでの既成の定跡にとらわれず、「新手一生」を掲げ数々の新手や新戦法を編み出し、将棋界に大きな功績を残した。数々の戦績を残しながら、順位戦A級から一度も陥落することなく1979年に引退。このため将棋連盟では升田のために新たに作った「実力制第4代名人」の称号を贈った。




升田 幸三


升田幸三実力制第4代名人杯将棋大会とは
大会の主旨・目的
 三良坂町は、将棋界の雄、升田幸三実力制第4代名人の出生地であり、町内にも将棋ファンが多かった。
 当時の三良坂町商工会青年部は地域と都市との交流の場づくりの事業として、1992年に「まちおこし将棋大会」を計画した。
 全国に名前が轟いている(故)升田名人のふるさとで開催する唯一の将棋大会として企画したもので、中国5県をはじめ全国へ情報発信し、三良坂町のPRや、地域住民と都市や近隣市町村からの来町者とのコミュニティーを深めて行き、地域の活性化に寄与して行きたいとの想いからである。
 その後、三良坂町は三次市と合併されたが,将棋大会は升田幸三実力制第4代名人杯将棋大会として毎年開催され,他府県からも多くの人を集めている。また,人気のプロ棋士が招待されているのも特色である。
  今後も、本大会を運営していくに当り、市内各種団体の協力体制を得ながら、若者や高齢者の交流を通じて、地域づくりを醸成していきたい。



女子アマ王位戦全国大会への招待
 本大会の女性の部の優勝者は12月に東京都で開催される「女子アマ王位戦全国大会(LPSA主催)」の中国地区代表として例年、招待されます。
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